保室の事件帳

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Author:jikencho
シャーロック・ホームズの江戸版パスティーシュとして、自称蘭学者の保室紗鹿と、町医者の和田順庵を主人公に、原作を幕末より少し前の日本に置き換えてアレンジしています。時々ホームズ物以外も番外として書く予定です。

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蜂曽我部家の怪猫 一

これは、梅渓先生の用で、蜂曽我部家の城下を尋ねた時の話である。用自体はさほどのものではなく、城下の医家に本を返して、資料をお借りする程度のものであった。しかし、秋の気候がいい時期ということもあり、色づいた木々や山を見ながら、半分遊山の旅を決め込んでいた。すると一軒の茶屋が目に留まったので、そこへ入って団子と茶を頼んだ。他には寺参りかと思われるような老夫婦がいるだけの、実にのんびりした風景だった。

間もなくその店の、年の頃五十ほどかと思われる主人が、団子と茶を持って来た。私も暇だったので、その主人に土地のことなどあれこれ尋ねていた。実は保室から、この城下には以前化け猫が出ると、冗談めかして言われたことがあった。保室が化け猫を本気で信じているとは思わなかったが、妙に真に迫った口ぶりであったため、真偽のほどを確かめてみたくなったのだ。主人にその話を振ると、ちょっと気まずそうな顔をしたものの、小声でこうささやいた。

「実は、いるようでして」
「本当にいるんだ」
「あまり大きな声じゃ言えませんけどね、お城に出たらしいんですよ。数年前に下女が見たらしくて、当初は何かの見間違いと思われていたようなんですけどね、次に門番、そしてついにご家老様まで目撃されたようで」
「こちらの殿様はそのことをご存知なのかね」
「さあ…私としては何とも」

その後私は江戸へと戻り、懐かしい二百二十一番の家へと帰って来た。鳩さんに土産の餅を勧め、部屋へ戻ると、例によって保室が本の中に埋もれていた。この男の場合は、自分の周囲に何十冊と本を積み重ねていて、その中で何か考えごとをしているため、正に本の中に埋もれるという言葉がふさわしかった。梅渓先生の許へは明日伺うこととして、旅装を解いていると、保室がいきなり話しかけてきた。

「化け猫はいたか」
「急に何だ」
「和田先生、あんたのことだからどこかで聞いてくるんじゃなかと思ってたよ」
「相変わらず勘が働くな。実は茶屋の親父にちょっとばかり聞いて来た」
「あのご家中は一見穏やかだが、中では相当対立しているらしいぞ」

保室はどこで仕入れたのか、蜂曽我部家の家中についてあれこれ話し始めた。元々は戦国時代に武勲を挙げ、大名となった家柄で、統率のよさで知られていたのだが、ここ何年か、蘭学を禁止しようとする筆頭家老と、蘭学を容認しようという次席家老の間で対立が起きているという。筆頭家老は、次席家老が蘭学にかこつけて、蘭学者を増やそうとする方針なのが気に入らないらしく、幕府との要人に、何かにつけてこのことを触れ回っているようだった。しかし蜂曽我部家はさほど大きな家ではなく、あまり関心を引くこともなく、それがかえって対立を深めることになっていた。

「そんなことしたら、改易じゃないかね」
「確かにそうだな」
保室は他人事のように言って、また本の間に身を縮めた。
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黒子組合 十一

その後私たちは、すっかり暗くなった道を、寒風に吹かれながら梅花町まで歩いた。
「これでどうにか一件落着だな」
「この件に関してはね。しかしもの字殿のことがあるから、この先まだまだ妙なことが起きそうだ」
「かの御仁は、そこまで力を持っているのか」
「表向きは大したことはないが、裏では色々な所と関わっている」
「お前さんも結構詳しいなあ」
「私にはあれこれ垂れこんでくる奴がいるからね」

家にほど近い辻にそば屋が出ていた。いくらか食指が動いたものの、結局私たちはそのまま歩き続けた。
「ところで一つ訊きたいんだが…」
「何だ」
「筆がどうこう言っていただろう、あれは結局何だったんだ」
「筆か…」
「なぜあの隠居に自分の筆を持たせたかだよ、何かこの件に関わっているのか」

保室は瞬間笑いがこみ上げるような表情を見せたが、かろうじてそれを押さえて言った。
「あの盗賊どもに筆のことなどわかるわけがないだろう。少なくともあのご隠居は、商売で筆の何たるかを知っていたが、そこまでは蔵吉一味にはわからない。変なところでぼろが出ないように、自前の筆を持たせたというわけだ。和田先生、俺の相棒になるのなら、そのくらいはわかっておいた方がいいぜ」
この男らしい、いささか横柄な物言いだが、いつものことなので別に腹は立たなかった。そして我々は、表の戸をそっと開けたところ、鳩さんの声が聞こえてきた。
「まあ先生方、お帰りなさいまし。お夜食の用意をいたしましょうね、おそばは如何かしら」
(完)

黒子組合 十

「ははは、よくわかったな。正にその通りだよ」
蔵吉は、それまでとは別人のようなどすの利いた声で、須田の方に向き直った。
「旦那も隅に置けねえなあ、そこまでお見通しだったかい」
銀蔵がすかさずそれに応じた。
「垂れ込んで来た奴というのは、結構胡散臭いものだ。おまけにことの一部始終を細かく話す、普通の垂れ込みならここまでやらないぜ。蔵吉、いや定吉、神妙にお縄をちょうだいしろ」
「おっと待った、俺はこう見えても、そこそこの商家の生まれだ。せめて『定吉さん』だの、『一緒に行きましょう』だの、もうちっと丁寧な言葉をかけてもらいたいもんだな」
銀蔵は苦笑しつつ言った。
「では定吉さん、番屋までご同行願えますかな」
「よろしかろう」
二人は定吉を囲むようにしてその場を離れて行った。

善兵衛とその娘婿は呆気にとられていた。
「結局、蔵吉がすべてを仕切っていたというわけですか」
「いや、蔵吉は手先ですよ。本物の悪人はその裏にいます」
「本物の、悪人…」
「名前は明かせませんがね、幕府出入りの学者でかなりの大身です。この件に関しては、また須田さんがそちらに色々伺いますので、その辺りどうぞよろしく」

私は保室に訊いた。
「なんで、あの男が盗賊団と関わりがあるとわかったんだ」
「定吉か。あいつは前に盗賊団が狙った店の番頭で、一味の内通者だったのさ」
保室は恐らく、私たちが長崎にいた頃に、江戸で起きた事件について語り始めた。
「元々下見のために番頭になったようなもんだから、それっきり行方知れずだった。しかし今度は名前と人相を変えて、蔵吉と偽って倉木屋に、それもある人物の紹介という触れ込みで入ったわけだ。」
「よくそんなことまで調べたな」
「すべては銀蔵のおかげだ、あいつは生き字引だよ。須田さんよりよく知っているからな。それを聞いた時に、すべてがつながったわけだ。」
「どうやって銀蔵から聞き出したんだ」
「先生、あんたがこの間代診に行っていた時だよ。ちょうどあの時須田さんと銀蔵が来たから、すべての疑問をぶつけたんだ。それでやっとつながったよ」
「蔵吉が商家の生まれというのは本当なのか」
「多分本当だ。しかし子どもの頃没落してから、他の店に奉公に出されたらしい。そこで件の人物と知り合ったらしい」
「くだんのじんぶつって…」
「和田先生、もう少し頭を働かせてくれよ。もの字殿に決まっているだろう」

「ところでお前さんは、蔵に入る時に何か拾ったがあれはなんだ」
「何も拾ってやしないよ」
「何も拾っていないって」
「ああいうそぶりを見せれば、必ず蔵吉は動揺すると思ったからだよ。自分が何かやばい落し物でもしたのではないかとね。案の定、かなり不安そうだったから、やはりこいつが関わっているとぴんと来たんだ」

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黒子組合 九

定吉こと蔵吉は呆然とした表情を浮かべている。須田は腕組みをしながら蔵吉の顔をにらみつけ、保室は更に話を続けた。
「だからあなたは、団六蔵と一緒に黒子組合などというのをでっちあげた。このご主人の顔に見事な黒子があるのを幸い、黒子のある人間でないと入れないという条件をつけてです。善兵衛殿を入れることは始めから決まっていた、でないと店から引き離せませんからね。さらに二朱という報酬も、善兵衛殿を惹きつけるにはそこそこの額だった。そして、主人不在となった店で、あなたと団、そして倉木屋の倅と名乗る男は、まんまと盗んだ金のための蔵を作れたわけだ」

蔵吉はぼそぼそとこう言った。
「なぜ、そこまでのことがわかった…」
保室は畳みかけるようにこう言った。
「なぜって、毎日のように一定の間ある人物を特定の場所に留めておく、これほどわかりやすいものもありませんよ。しかも善兵衛殿は、途中から休みが増え、そして報酬も増えている。これが何を意味するか、須田さんわかりますね」
須田は不意を突かれて驚いた様子だったが、やがてこう答えた。
「つまり、それだけ羽振りがよくなって、蔵の普請も終わりに近づいて来たということですね?」

保室は満足そうにうなずいた。
「休みが増えた時は、蔵は大体出来上がっていたといってもいい。しかし、もう少し善兵衛殿を仕事で縛りつけておく必要があった。金を運ばせなければならないからね。だから報酬をはずんで、歌集の写しという仕事を続けさせるようにしたのだ」
須田がそこで口を挟んだ。
「そして今日になって、ある男からこの件で垂れこみがあった。その男はうまく変装していたが、実は今、ここにいる」
そして須田は蔵吉の方に向き直り、こう言った。
「蔵吉、おまえだな。うまく年寄りに変装していたが俺にはお見通しだったぜ」
突然蔵吉が笑い声を上げた。

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黒子組合 八

保室は続けた。
「どうでしょう、蔵吉さん。もうあなたのことはわかっていますよ。お仲間もおいでのようですし、そろそろ話してくれませんか」
大番頭は大して驚いた様子もなく、むしろ薄笑いさえ浮かべてこう答えた。
「いや一体何をお話なのやら…私は定吉(じょうきち)と言って、こちらにご奉公してもうずいぶんになります。私の何がおわかりなのやら」
「あなたが大名屋敷を襲った盗賊団の首領だということですよ」

保室はその後、何かに取りつかれたように喋りはじめた。
「蔵吉さん、いや今は取りあえず定吉さんとお呼びしておきます。あなたは五年ほど前から自分の正体を偽り、大店の番頭出身ということでこちらに奉公しましたね。確かに番頭だったのは事実だが、店の金を着服して首になったのは隠していた。あなたは今も昼の顔は番頭だが、夜は盗賊団の首領で、こちらのお店で知り得たことを仲間に漏らしていた。あなたが絡んだ盗みは今回だけではない、三年前のさる大店の件も確かそうだ」
三年前の盗難事件というのは、長崎にいた頃、江戸からやって来た塾生から聞いたことがあった。しかし保室がなぜこの件について、この定吉なる大番頭が絡んでいたのを知っているのか。

更に保室は続けた。
「そしてあなたは盗んだ金を、この伊崎屋の地下に隠そうとした。こちらの婿殿は店で忙しいし、何よりもあなたは蔵の管理をすべてまかされている。残るはこの善兵衛殿をどうやって店から離れさせるかだ。そこであなたは、旧知の団六蔵と組んであることを思いついた。つまり、盗んだ金をこの蔵に隠し、善兵衛殿に罪をなすりつけようとしたのです」

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