保室の事件帳

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jikencho

Author:jikencho
シャーロック・ホームズの江戸版パスティーシュとして、自称蘭学者の保室紗鹿と、町医者の和田順庵を主人公に、原作を幕末より少し前の日本に置き換えてアレンジしています。時々ホームズ物以外も番外として書く予定です。

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蜂曽我部家の怪猫 七

その後も私は里村藩の城下に滞在した。先生からの話だけでなく、町を歩くついでに、例の怪猫のこと、蘭学者のことなど訊いてみようと思ったが、多くの人は、その話を露骨に嫌がっているようだった。私はある飲み屋に入り、それとなくそこの親父にこの話題を振ってみた。親父は困ったような顔をしたが、私の耳元に口を近づけてこう言った。
「あの化け猫のことなら、まだ噂になっていますよ」
私も小声で訊き返した。
「それと、蘭学者のこととは何か関係があるのかね」
「表向きはなさそうですが、本当のところはさて、どうだか…」

飲み屋の親父にいわせれば、城下の人間はその話をしたがらないが、関心は持っていること、城中のことは全くわからず、藩主や若君に危害が及んでいるようには見えないこと、そして、先日明らかに城下住まいとは思えない、江戸から来たであろう大身の武士が何名が通ったことなどを話してくれた。
「ありがとう。しかし、こんな話をして大丈夫なのかね」
「いや、こんな商売をしていると色々なことが耳に入って来ますし。ですからあなた様も、たまたま聞いたこととしておかれるといい話でして」
さらに、その親父はこうも言った。
「それに、あなた様にはどこか信頼がおけますので」

先生の所に戻った私は、保室に取りあえず手紙を書こうと思った。するとそこへ、望月先生が現れて、患者である旅籠の主人から聞いたと言って、江戸からの旗本と思しき武士が、変装して泊まっていたことを話してくれた。
「変装ですか」
「行商人に変装していたようだが、物腰がどうも侍臭かったらしい。その後、たまたま番頭が使いに出たところ、その行商人にそっくりな侍が、供を連れて歩いているのを見たようだ」
「また、なんでそんなことを…」
「しかも普通の侍というよりは、学者のようだったらしい。その主人も不思議がっていた」

大身の侍、学者と聞いて私の頭をよぎるのは、やはりかの森崎殿だった。しかし今は、そこまで疑ってかかるべきではないと思い、まず町のこと、そして旅籠の主人の件を書き送ることにした。もし、手紙の中身を改められでもしたらと思ったが、必要なところはそれとなくぼかすようにして、何とか手紙を書き終え、梅花町へ送った。
その後半月ほど経って、私は保室からの返信を受け取った。取りあえず手紙が無事に届いたことに安堵しつつも、梅花町の様子も気になっていて、そそくさと封を切った。それには、このようなことが書かれていた。

「里村藩のことを色々とありがとう。件の半田殿はすっかり元気になって、色々手伝いをしてもらっている。近いうちに、単身そちらに行く予定だ。どうもこの裏には、家老のみならず、それ以外の人物も関与しているようだ。それではまた」

しかし保室の手紙には「いつ」来るかが明記されておらず、私はその時を待ちわびながら、日々を過ごさなければならなかった。

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蜂曽我部家の怪猫 六

「まず、梅渓先生に用を作ってもらって、半月ほど望崎家に滞在してほしい」
「それで、何をやろうと言うんだね」
「城下の蘭方医がどのような処罰を受けているのか、例の化け猫騒動はどうなったのか。そして、できれば、蘭方を巡っての御家中の対立にも探りを入れてほしいのだが」
「御家中は難しいと思うが、蘭方医と化け猫の件なら何とかなると思う」
「よし。その後手紙でその様子を知らせてくれるとありがたい。うまくやってくれ」

数日後、私は梅渓先生に、資料整理の手伝いという件で一筆書いてもらい、旅支度を整えて里村藩へと旅立った。道中は穏やかで、緑の木々と鳥の声を楽しみつつ歩を進め、途中であずさが作ってくれた握り飯をほおばった。どうもあずさが、半田梅翁に好意を持っているのは確かなようで、自分から率先して食事の世話をするので、とても助かると鳩さんも満更ではなさそうだった。

その後里村藩に入り、望崎家を訪れた時、以前植えられていた庭木がへし折られているのに気がついた。この家でも被害を受けているのかと、いささか居たたまれない気持ちで戸を開けると、女中が出て来た。
「和田先生、お待ちしておりました。」
私は荷物を解くと、早々に先生の書斎へ向かった。そこで書状を出し、目を通してもらったうえで、早速先生の仕事を手伝うことになった。
「まず、そこの書籍を持って来てくれ」
先生から言われるまま、本を並べ変えているうちに、一冊の蘭書が目についた。
「これは、一体…」
「人間の骨に関する本だ」
あらかた片付けが終わった後で夕餉となり、食後、先生は例の本を持ち出して、私に読むように勧めた。それには人骨について、細かに記されていた。
「頭蓋骨についてもかなり書かれていますね」
「読んでいるとなかなか面白いが、何せ今は堂々と蘭方医とは言えないのがつらいところだ」
私は入り口の木のことを思い出し、それについて尋ねてみた。
「あれか、あれは特に関係はない。虫がついた枝だけを取りあえず折ったのだよ」

蜂曽我部家の怪猫 五

「お疲れでしたら、また明日にでも」
「いえ、いずれ話さなければならないことですから」
半田梅翁はそう言って、呼吸を整えるとまた話し始めた。

「実は、私の部屋の床下に、何やら妙な物があることに、以前から気づいていました」
「以前とは」
「一年ほど前でしたしょうか。部屋のある部分に立つと、そこだけが何か足先に触るような気がして、半年ほど前に畳を上げたところ、古い箱があるのに気づきました」
「その箱は、開けてみられましたか」
「はい。古い着物と袴、そして髪の毛と思しきものが入っていました。着物と袴だけならまだしも、髪の毛というのに、何やら不安を覚えました。どなたかの遺髪ではないかと」
「それは、また元に戻しておいたのですが」
「はい、見つけた時のままに戻しておいて、素知らぬ振りをしておりました。しかしその後、かつてお仕えしていた蘭学者が、何かで不審な死を遂げたそうで、それがどうも気になり始めたのです」
半田はしばらく咳込んだものの、なおも後を続けた。
「それが十日ほど前、急に私どもに文が回って来て、お城を退去するように言われ、私もわけがわからぬままこちらにやって来て、面識のあった梅渓先生のもとへ…」
「そういうことでしたか。その蘭学者の身元というのはご存知で」
「須藤、古之進殿…」
そこまで言って半田がひどく咳込んだため、私もそれで話を打ち切った。

このことを保室に話したところ、彼は腕組みをしたままこう切り出した。
「その須藤某とかいう御仁も気になるな。順庵先生、この件でひとつ動いてもらうことはできないかね。まず里村藩に一人で行ってもらいたいのだが」

蜂曽我部家の怪猫 四

翌日、病人の具合が多少好転し、少しは口を利けるようになった。まだ、ここまで逃げてくるいきさつを訊くには無理があったが、こちらから言葉をかけると、いくらか落ち着くようだった。そんな時、障子の向こうで、何やら言い争う声が聞こえた。

「保室先生、何もそこまで言わなくてもいいでしょう」
「いや、あの半田さんに惚れてるんじゃないかと、そう思っただけなんだがな」
「そんなこと、私にいちいち聞かないで」
「隠すところを見ると、ますます怪しいぞ」
「先生、私今まで先生を尊敬していたのに、そんな人だったなんて…」

私が障子をがらりと開けると、そこに保室とあずさがいた。あずさは今にも泣きだしそうな感じで、その場から走り去っていった。
「どういうつもりだか知らんが、病人のいるすぐ隣で、そこまで大声で喋ることもないと思うが」
保室も気まずそうな表情になり、長身をかがめるようにして、我々の部屋の方へと戻って行った。

また二日ほど経ち、病人が身を起こせるようになったので、私はぼつぼつことの次第を聞き出そうと思い、半田某の枕元に座って、こう切り出した。
「半田殿、一つ二つ、尋ねたいことが」
「私も、お話したいことがあります」
そうして半田は、まず自己紹介を始めた。半田梅翁と名乗り、元々は蘭方医になりたくて蘭学を学んだが、西洋の文物に関心を持ち、縁あって、蜂曽我部家の士分に採り立てられ、若君に、植物や動物についての話をしていると言う。

「まさかお採り立てになるとは思っておらず、夢のようでした。しかし、いざ出仕するに当たって、ご家老の方から、服装に関して色々と注意があったのです。また、この城中で目にした物は、いかなることがあっても口外しないようにとのことでした」
「しかし、今あなたはそれを口外しようとしている」
「はい、かなり迷いましたが、あまりにも奇妙なことなので、先生にはお話ししておこうと思いました。何せ梅渓先生のお知り合いということなので」
半田梅翁は、そこまで言って大きく息をついた。

蜂曽我部家の怪猫 三

「ご家中の騒動が、いよいよ始まったっていうことさ」
保室は、あたかも自分が見て来たものであるかの如く、蜂曽我部家の騒動について話し始めた。
「まず焚き付けたのは筆頭家老の方だろう、それを食らった次席家老の方が、慌ててことを大げさにしてしまった。こうなれば、筆頭家老の思うつぼだ。お抱えの蘭学者たちは、皆どこかに身を隠さざるを得なくなる」
「なんでそんなことがわかるんだ」
「銀蔵にちょっと調べさせたのさ」
保室は、しばしば岡っ引きの銀蔵に小遣いを与えては、自分の都合でひとっ走りさせていた。それによると、別の蘭学者の家でも、ここと似たようなことがあったらしい。
「あるいは、次席家老殿は軟禁されているかもな」
「そんな滅多なことを言うもんじゃないぞ」

その後私は鳩さんに、病人の具合を聞いた。まだ熱がかなりあって、本人も気分がよくないらしい。
「面倒をおかけしますが、ここは人助けということで」
「あら先生、私は一向に構いませんよ。それに何と言ってもあずさが…」
「あずさが…どうしたのです」
「あの子があの半田先生を気に入ってしまったみたいで、何かにつけて世話を焼きに来るんですよ。静かにしておあげなさいと言っても、いえ奥様、私がやりますからとそればっかり」

その後、病人の部屋に粥を持って行くあずさとすれ違った時、冗談交じりに私はこう言った。
「あずさ、お前はあの先生に『ほの字』かい」
「あら、奥様ったらもう…でも、悪い方ではなさそうでしょ」
「確かにな。でもあまりあの先生に深入りするのはよくないぞ」
あずさは不思議そうな目つきでこちらを見たが、やがてうなずいた。私とて、あずさの看病はなかなかのものだとほめてやりたかったのだが、半田の背後には、本人も知らない黒幕が控えていると思えたからだった。さらにいえば、これは単なる小藩の争いではなく、幕府の蘭学政策にまでつながりかねない事態のように思えたのである。