消えた外交文書 三
半次郎は愛仁香に支えもらい、布団の上に座った。
「早速だが、本題に入ることにします。ことの次第を聞いてください」
そう前置きして話し始めたが、時々咳をしたり、体のだるさを訴えたりとかなり辛そうで、時々話を中断したりもしたので、以下は、半次郎から聞いた話を私がまとめたものである。
三か月ほど前のことになります。
私は御公儀の事務方をしており、自分で言うのも何ですが、今までいくつかの手柄を立てていたこともあって、上役からも一目置かれるようになりました。
無論周囲には羨望、あるいは嫉妬の目で私を見る者もいました。しかし私は、とにかく与えられた仕事をこなすことに没頭していました。
その少し前に、私は針田譲之助殿より愛仁香殿を紹介して貰い、しかもより責任のある仕事を任されることになって、やがてくる二人での生活に向けて、嬉しいと同時に身が引き締まる思いでした。
その頃上役の一人、実は私の伯父に当たるのですが、ある文書の写しを作るように言われました。伯父は金庫からその文書を取り出し、私に手渡しながら、この内容はとりわけ大事であること、いくつかの大名家が、これを知るために忍びを放っているかも知れないと言ったのです。
伯父は私に、この仕事は一人で済ませること、必ず金庫にしまっておくようにと命じ、私は心して部屋へと戻りました。写しを作り次第、私自身で伯父に渡すことになり、広い事務方の部屋が二人きりになるまで、仕事には取り掛からずに置きました。
私は文書を懐に入れたまま、その日は早めの夕食を摂ろうと思い、部下の者に手配をさせました。その時は茶楠五郎という者と一緒でした。
しかし別室で夕食をし終わり、戻って見ると茶楠はいませんでした。一人きりになったところで、私は早速写しを作る準備をしました。その内容とは、ここではっきり申し上げるわけには行きませんが、江戸沖に現れる外国船、それから密かに軍備を拡張していると思われる、いくつかの藩に関するものでした。
私はできるだけ早く仕事を終わらせたかったのですが、何せ文書そのものが膨大な量で、深夜に及んでもまだ半分しか出来上がりません。しかもこの日は、針田殿が江戸の、私の家に見えることになっていたのですが、とても会えないと使いをよこしました。
おまけに疲れと、食事をしたことなどでいくらか眠気がさし、誰かに茶を持って来させることにしました。すると驚いたことに、奥にしかいないはずの女中、しかも大変大柄な女がやって来たのです。私は、何か夢でも見ているのではないかと思いました。
しかし茶がなかなか来ません。私はさらに眠気がさしたので、立ち上がって伸びをしたり、その辺りを歩き回ったりしていました。その部屋の前の廊下は一方にしか通じておらず、もし誰かが茶を持ってくるのであれば、必ず私と顔を合わせるはずでした。
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