保室の事件帳

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jikencho

Author:jikencho
シャーロック・ホームズの江戸版パスティーシュとして、自称蘭学者の保室紗鹿と、町医者の和田順庵を主人公に、原作を幕末より少し前の日本に置き換えてアレンジしています。時々ホームズ物以外も番外として書く予定です。

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蜂曽我部家の怪猫 五

「お疲れでしたら、また明日にでも」
「いえ、いずれ話さなければならないことですから」
半田梅翁はそう言って、呼吸を整えるとまた話し始めた。

「実は、私の部屋の床下に、何やら妙な物があることに、以前から気づいていました」
「以前とは」
「一年ほど前でしたしょうか。部屋のある部分に立つと、そこだけが何か足先に触るような気がして、半年ほど前に畳を上げたところ、古い箱があるのに気づきました」
「その箱は、開けてみられましたか」
「はい。古い着物と袴、そして髪の毛と思しきものが入っていました。着物と袴だけならまだしも、髪の毛というのに、何やら不安を覚えました。どなたかの遺髪ではないかと」
「それは、また元に戻しておいたのですが」
「はい、見つけた時のままに戻しておいて、素知らぬ振りをしておりました。しかしその後、かつてお仕えしていた蘭学者が、何かで不審な死を遂げたそうで、それがどうも気になり始めたのです」
半田はしばらく咳込んだものの、なおも後を続けた。
「それが十日ほど前、急に私どもに文が回って来て、お城を退去するように言われ、私もわけがわからぬままこちらにやって来て、面識のあった梅渓先生のもとへ…」
「そういうことでしたか。その蘭学者の身元というのはご存知で」
「須藤、古之進殿…」
そこまで言って半田がひどく咳込んだため、私もそれで話を打ち切った。

このことを保室に話したところ、彼は腕組みをしたままこう切り出した。
「その須藤某とかいう御仁も気になるな。順庵先生、この件でひとつ動いてもらうことはできないかね。まず里村藩に一人で行ってもらいたいのだが」

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蜂曽我部家の怪猫 四

翌日、病人の具合が多少好転し、少しは口を利けるようになった。まだ、ここまで逃げてくるいきさつを訊くには無理があったが、こちらから言葉をかけると、いくらか落ち着くようだった。そんな時、障子の向こうで、何やら言い争う声が聞こえた。

「保室先生、何もそこまで言わなくてもいいでしょう」
「いや、あの半田さんに惚れてるんじゃないかと、そう思っただけなんだがな」
「そんなこと、私にいちいち聞かないで」
「隠すところを見ると、ますます怪しいぞ」
「先生、私今まで先生を尊敬していたのに、そんな人だったなんて…」

私が障子をがらりと開けると、そこに保室とあずさがいた。あずさは今にも泣きだしそうな感じで、その場から走り去っていった。
「どういうつもりだか知らんが、病人のいるすぐ隣で、そこまで大声で喋ることもないと思うが」
保室も気まずそうな表情になり、長身をかがめるようにして、我々の部屋の方へと戻って行った。

また二日ほど経ち、病人が身を起こせるようになったので、私はぼつぼつことの次第を聞き出そうと思い、半田某の枕元に座って、こう切り出した。
「半田殿、一つ二つ、尋ねたいことが」
「私も、お話したいことがあります」
そうして半田は、まず自己紹介を始めた。半田梅翁と名乗り、元々は蘭方医になりたくて蘭学を学んだが、西洋の文物に関心を持ち、縁あって、蜂曽我部家の士分に採り立てられ、若君に、植物や動物についての話をしていると言う。

「まさかお採り立てになるとは思っておらず、夢のようでした。しかし、いざ出仕するに当たって、ご家老の方から、服装に関して色々と注意があったのです。また、この城中で目にした物は、いかなることがあっても口外しないようにとのことでした」
「しかし、今あなたはそれを口外しようとしている」
「はい、かなり迷いましたが、あまりにも奇妙なことなので、先生にはお話ししておこうと思いました。何せ梅渓先生のお知り合いということなので」
半田梅翁は、そこまで言って大きく息をついた。

蜂曽我部家の怪猫 三

「ご家中の騒動が、いよいよ始まったっていうことさ」
保室は、あたかも自分が見て来たものであるかの如く、蜂曽我部家の騒動について話し始めた。
「まず焚き付けたのは筆頭家老の方だろう、それを食らった次席家老の方が、慌ててことを大げさにしてしまった。こうなれば、筆頭家老の思うつぼだ。お抱えの蘭学者たちは、皆どこかに身を隠さざるを得なくなる」
「なんでそんなことがわかるんだ」
「銀蔵にちょっと調べさせたのさ」
保室は、しばしば岡っ引きの銀蔵に小遣いを与えては、自分の都合でひとっ走りさせていた。それによると、別の蘭学者の家でも、ここと似たようなことがあったらしい。
「あるいは、次席家老殿は軟禁されているかもな」
「そんな滅多なことを言うもんじゃないぞ」

その後私は鳩さんに、病人の具合を聞いた。まだ熱がかなりあって、本人も気分がよくないらしい。
「面倒をおかけしますが、ここは人助けということで」
「あら先生、私は一向に構いませんよ。それに何と言ってもあずさが…」
「あずさが…どうしたのです」
「あの子があの半田先生を気に入ってしまったみたいで、何かにつけて世話を焼きに来るんですよ。静かにしておあげなさいと言っても、いえ奥様、私がやりますからとそればっかり」

その後、病人の部屋に粥を持って行くあずさとすれ違った時、冗談交じりに私はこう言った。
「あずさ、お前はあの先生に『ほの字』かい」
「あら、奥様ったらもう…でも、悪い方ではなさそうでしょ」
「確かにな。でもあまりあの先生に深入りするのはよくないぞ」
あずさは不思議そうな目つきでこちらを見たが、やがてうなずいた。私とて、あずさの看病はなかなかのものだとほめてやりたかったのだが、半田の背後には、本人も知らない黒幕が控えていると思えたからだった。さらにいえば、これは単なる小藩の争いではなく、幕府の蘭学政策にまでつながりかねない事態のように思えたのである。

蜂曽我部家の怪猫 二

その後も私は梅渓先生の用で、里村藩の蜂曽我部家の城下へ何度か出かけた。行く度に、例の化け猫騒動は城下に広がって行った。秋に初めて行った頃に比べると、翌年の桜の頃には、城下の多くの人々がそれを知るようになり、商家の丁稚がその話をしていて、手代に叱られているのを耳にしたこともある。そんな中、私がお邪魔した城下の以下、望崎家でも、これの煽りを受けるようになっていた。

城下の人々は、化け猫騒動で騒いでいるだけだが、蘭方医の間ではこれが大きな打撃となり、いやがらせまで起きているらしい。どうやら筆頭家老の手の者のようだが、望崎家の前で飲んだくれて、深夜に家の前で大きな声でわめく連中がいたということだった。また別の蘭方医の家では、薪の燃えさしのようなものを投げ込まれ、危うく火事を出すところだったようである。しかも、数少ない蘭方医や蘭学者の家のみならず、次席家老の関係者の家にまで、このような嫌がらせが相次いでいるということだった。

その後江戸に戻り、半月ほど経った時のことだった。春も半ばを過ぎた頃なのに、数日ほど寒い日が続き、私と保室は火鉢のそばで暖まっていた。おまけに雨も降り出し、保室への化け猫話も一応済んだため、私たちは早めに寝ることにした。その翌朝、私の部屋の障子の向こうから、あずさが激しく呼ぶ声がする。一体何事かと障子を開けると、あずさと梅渓先生、そしてもう一人、学者のような風体の男がそこに立っていた。

梅渓先生は、その男を縁先に座らせ、私にこう言った。
「この御仁を、しばらくここで預かってもらえないだろうか」
その男は半田という蘭学者で、蜂曽我部家の若君の家庭教師的役割をしており、西洋の文物などについて若君に教えているということだった。しかし筆頭家老からにらまれることとなり、蘭学の師の友人である梅渓先生を頼って、ここまで逃げて来たのだという。一応鳩さんにも了解を取っていること、そしてこの半田という学者が病気であることを告げ、梅渓先生は去って行った。

私は早速、母屋の小部屋に半田を寝かせ、様子を見た。元々風邪気味であったのが、今度の逃避行によって、具合が悪くなっているようだった。あずさに看病の仕方を教え、薬を調合しているところへ、保室がふらりとやって来た。
「先生、どうやら始まったようだな」
「始まった…とは、何がだ」

蜂曽我部家の怪猫 一

これは、梅渓先生の用で、蜂曽我部家の城下を尋ねた時の話である。用自体はさほどのものではなく、城下の医家に本を返して、資料をお借りする程度のものであった。しかし、秋の気候がいい時期ということもあり、色づいた木々や山を見ながら、半分遊山の旅を決め込んでいた。すると一軒の茶屋が目に留まったので、そこへ入って団子と茶を頼んだ。他には寺参りかと思われるような老夫婦がいるだけの、実にのんびりした風景だった。

間もなくその店の、年の頃五十ほどかと思われる主人が、団子と茶を持って来た。私も暇だったので、その主人に土地のことなどあれこれ尋ねていた。実は保室から、この城下には以前化け猫が出ると、冗談めかして言われたことがあった。保室が化け猫を本気で信じているとは思わなかったが、妙に真に迫った口ぶりであったため、真偽のほどを確かめてみたくなったのだ。主人にその話を振ると、ちょっと気まずそうな顔をしたものの、小声でこうささやいた。

「実は、いるようでして」
「本当にいるんだ」
「あまり大きな声じゃ言えませんけどね、お城に出たらしいんですよ。数年前に下女が見たらしくて、当初は何かの見間違いと思われていたようなんですけどね、次に門番、そしてついにご家老様まで目撃されたようで」
「こちらの殿様はそのことをご存知なのかね」
「さあ…私としては何とも」

その後私は江戸へと戻り、懐かしい二百二十一番の家へと帰って来た。鳩さんに土産の餅を勧め、部屋へ戻ると、例によって保室が本の中に埋もれていた。この男の場合は、自分の周囲に何十冊と本を積み重ねていて、その中で何か考えごとをしているため、正に本の中に埋もれるという言葉がふさわしかった。梅渓先生の許へは明日伺うこととして、旅装を解いていると、保室がいきなり話しかけてきた。

「化け猫はいたか」
「急に何だ」
「和田先生、あんたのことだからどこかで聞いてくるんじゃなかと思ってたよ」
「相変わらず勘が働くな。実は茶屋の親父にちょっとばかり聞いて来た」
「あのご家中は一見穏やかだが、中では相当対立しているらしいぞ」

保室はどこで仕入れたのか、蜂曽我部家の家中についてあれこれ話し始めた。元々は戦国時代に武勲を挙げ、大名となった家柄で、統率のよさで知られていたのだが、ここ何年か、蘭学を禁止しようとする筆頭家老と、蘭学を容認しようという次席家老の間で対立が起きているという。筆頭家老は、次席家老が蘭学にかこつけて、蘭学者を増やそうとする方針なのが気に入らないらしく、幕府との要人に、何かにつけてこのことを触れ回っているようだった。しかし蜂曽我部家はさほど大きな家ではなく、あまり関心を引くこともなく、それがかえって対立を深めることになっていた。

「そんなことしたら、改易じゃないかね」
「確かにそうだな」
保室は他人事のように言って、また本の間に身を縮めた。