保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。なお「蜂曽我部家の怪猫」については、大河リメイクの「跡を継ぐ者」が終わり次第アップ予定です。

蜂曽我部家の怪猫 十三

旅籠の主人は宿帳を調べてくれ、例の行商人の名前と、どこから来た者であるかを突き止めてくれたのである。
「名前は小戸屋元吉、江戸からのお客様です」
「小戸屋元吉か…そのような店は聞いたことがないな。偽名かも知れないな」
「実は、私もそう思っております」
「また、それはどうしてだい」
「実はこの方にそっくりな方が、先日お見えになりまして、実はその時の格好はお武家様でした」
私と保室は顔を見合わせた。

「その、武士の方の名前は何というんだ」
「瀬尾平左衛門様とお書きになりました」
我々はその旅籠へ急いだ。宿帳にある元吉と瀬尾の文字は、どう見ても同じ人間が書いたとしか思えなかった。
「どうやらこの二人は同一人物のようだな。ご主人、この瀬尾なにがしの歩き方に何か特徴はなかったか。どちらかの足を引くとか」
「いえ、しごく普通に歩いておられましたが」
保室は満足そうな表情になり、片手で顎をなでた。

望月先生のお宅へ戻る途中、保室はこう言った。
「元々は武士で、行商人に変装していたということになるのか」
「しかし、なぜこうすぐに足のつくようなことをするんだ。もうちょっとうまく変装すればいいのに」
「同一人物だとわからせたいのかもしれないな、相手は」
「どういうことだ、よくわからない」
「まあ、そう遠くないうちにすべてがわかるさ」
保室は自信満々だった。

その夜、保室は一人でかがみ込むような姿勢を取っていたかと思うと、障子を開け、外を眺めた。同じ動作を三回ほど繰り返してから、出し抜けに私に話しかけた。
「恐らくこういうことだろう」
そう言って、彼は私の前にかがみ込んだ。
「化け猫騒動は蘭学者追放のかくれみの、これは間違いなさそうだ。そのために、この元吉と瀬尾を名乗る同一人物が暗躍していた」
さらに、彼は私の顔をのぞき込み、手を合わせてこう言った。
「実は、もう一度冨楽庵殿にお会いして、伺っておきたいことがある。望月先生を通して、頼んではくれまいか」

望月先生の許可を得られ、翌日私たち三人は、再び冨楽庵殿の屋敷に向かった。先生がしばらく薬の話をした後、保室が再度質問をした。しかしその内容は、思いがけないものだった。
「冨楽庵様、申し訳ないのですが、昨日懐に入れておかれた文書、あれを見せていただけないでしょうか」
「左様な物は、持ってはおらぬが」
「いえ、先日貴方様は懐紙を取ろうとして、うっかりその文書を取り出そうとなさいました。私はそれが何であるのか、気になっていたのです。それさえ見せていただければ、蘭学者の件も、須藤殿の件も多分わかると思いますので」

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蜂曽我部家の怪猫 十二

翌日、保室は茶人か歌の師匠といった格好をしていた。私にも変装を勧めたが、私は彼のように、変装した人物そのものになりすますことが得意ではなく。そのまま出かけることにした。我々は再び城の近くに行き、そこで辺りを見回した。保室は、須藤古之進が溺死したことにやけにこだわっていた。なぜ須藤のみが溺死したのか、それを探れば、この奇怪な事件の全容が見えてくると言うのである。

「須藤は結局殺されたんだ、単なる溺死じゃない」
「見せしめのためか」
「いや、見せしめのためなら他にも殺されているはずだ。要は、次席家老派や蘭学者たちを脅すための、人身御供だったと言ってもいい」
「しかし、蘭学者を殺すことで、次席家老派をそこまで脅せるのものかね」
「いや、どうもこの御仁は単なる蘭学者じゃないかもしれない」
「どういうことだ」

「昨日のあの老人の言葉に、どこか不自然さがあったのに気づいたか」
「冨楽庵か。いや、よく暴露してくれたと思ったが」
「確かに色々話してくれた。しかし冨楽庵は、須藤が急に行方が知れなくなったと言った。その後、お濠から溺死体が上がった」
「確かにそうだが、それが何かおかしいのか」
「半田梅翁も、何かで不審な死を遂げたと言っていた。須藤の死はあちこちに知らされ、しかも筆頭家老に反対する人たちが、いとも簡単に知ることができた。むしろ、率先して彼らに知らせているとも言えた。それはなぜか」
「蘭学者たちを脅すためだろう」
「それもそうだが、もう一つ理由がある。須藤は蘭学者のみならず、次席家老にも、あるいは若君にもかけがえのない存在で、彼らを脅すことこそが、かの人物を殺す理由だったのだ」

「よく考えてみろ」
保室はいつもの口調で、自らの推理を話し始めた。
「たかだか一介の蘭学者なら、追い出すだけでいい。殺すなどという強硬手段に出れば、里村藩、蜂曽我部家の名前そのものに傷がつきかねない。問題は、なぜ殺されなければならなかったかだ。大きな影響力を持つ人物だからに他ならない」
「では、須藤古之進は何者なのだ」
「俺の推測だが、藩主一族と関係のある人物だろう」

保室は持っている杖を高く上げ、城の方角を指した。
「恐らく城中で失踪したという噂をばらまかれたが、須藤はどこかに監禁されていたと見える。その後殺され、遺体が濠に何者かの手によって投げ込まれた。恐らくその直後に、半田が仕えるようになったのだろう。その後部屋の床下に、妙な物があるのに気が付いた。多分他の蘭学者たちも、同じような嫌がらせをされていたのだろう」
「では、昨日の御老人が言っていた化け猫との関係、あれはどうなんだ」
「これも里村藩の名を落とすための手段だろう。これは帰ってからじっくり考える予定だがね」

我々は帰途についたが、その時、かなり前に顔を合わせた旅籠の主人とばったり出会った。というよりも、向こうから声をかけて来たのだった。
「よく私だとわかったな」
「私どもは、お客様の顔を覚えるのが商売ですので」
やはり変装しないでよかったと思った私に、次の瞬間思いがけない言葉が飛び込んで来た。
「あの行商人の身元がわかりましたよ」

蜂曽我部家の怪猫 十一

保室は何やら納得したような顔をして、さらに冨楽庵に尋ねた。
「では、化け猫騒動は、蘭学者の失踪と何か関わりでも」
「大ありじゃ」
冨楽庵はそこで声をひそめ、辺りをはばかるようにして言った。
「そもそも化け猫、怪猫などはおらぬ」

保室はますます、我が意を得たりという顔になった。
「蘭学者が消えたのは、つまり化け猫のせいにしたかった…」
「そなたはよく見ておられるようじゃのう」
今度は私の方が、わけがわからなくなって来た。
「つまりこちらの御城下の化け猫騒動は、かくれみの…」

冨楽庵はさらに声をひそめ、我々にこう伝えた。
「これ以上のことは、相すまぬが、そなたたちの耳に入れるわけには行かぬ。ただし、御家老の一派が仕組んでいることは、これは事実である」
「承知いたしました」
保室はうなずき、そして冨楽庵に尋ねた。
「貴方様も、恐らくはその御家老とお近づきがあったとお見受けします」
冨楽庵は声には出さなかったが、黙って二度ほどうなずいた。

「一体どういうことなんだよ、やはり化け猫は蘭学者殺しと関係あったのか」
「声が大きい」保室が私をたしなめた。
「和田先生、あんたは普段は慎重だが、興奮すると声が大きくなる。悪い癖だ、やめた方がいい」

我々は望月先生のお宅に戻った。夜が更けていたが、女中が二人分の夕餉を整えて待っていてくれた。保室はうまそうに平らげていたが、私はかの冨楽庵から、蘭学者殺しと化け猫騒動の関係をはっきり肯定されたことが、逆にすっきりしなかった。保室が飯をかきこみながら言った。
「順庵先生、きちんと飯は入れておいた方がいいぜ。明日もまた出かけることになる。明日は、変装して行くことになるからな」

蜂曽我部家の怪猫 十

我々は一旦、望月先生のお宅へ戻った。珍しく酒を酌み交わし、半田梅翁のことなどを話しているうちに、夜も更け、保室は私があてがわれている部屋の隣の、三畳間でその夜を過ごした。保室が寝ないで起きているのは、隣室の私にもわかった、しょっちゅう窓の障子を開け閉めしては、何かを考えているようだった。

その後私と保室は、あれこれ話し込んだり、外へ出て城の周辺を回ったりして日を過ごした。何となく見えて来るものはあったが、これといった決め手に欠け、保室はひどくそれを悔しがっているようにも見えた。やがて、望月先生のかつての菅家で、城中のことをよく知るという人物に会えることになった。

その人物は既に七十に達するかという外見で、本名は明かさなかったが、冨楽庵という雅号を名乗り、何でも聞いて構わないとかなり乗り気だった。保室はまず、半田から聞いていたこととして、須藤古之進の死因について尋ねた。冨楽庵は眉ひとつ動かさず、淡々と語った。
「須藤は、急に行方が知れなくなって、数日後お城の濠から遺体が見つかった」
「溺死ですか」
「そのようじゃったのう。何でもあのお城の、蘭学者たちにあてがわれる部屋には、何やら秘密があったそうじゃ」

「秘密…」
「左様、その部屋の床下には、何か奇妙な物が埋まっているということで、ひところ騒ぎになったものだ。私がまだ若い頃からだから、先代の殿の頃じゃった」
「その奇妙な物というのは…」私はうわずった声を出した。

「生憎私もそこまでは知らぬが、何やら前にその部屋にいた者の遺品とか、あるいは遺髪とか言われておった。噂だから、どこまで当てになるかは知らぬが、前の蘭学者を追い出した後、証拠になる物を隠し、新しい学者を入れておったということじゃ」
私と保室は顔を見合わせた。保室は冨楽庵に尋ねた。
「しかし、なぜそのようなことを」
「さて…恐らく家中の者で、蘭学者に憎しみを抱く者がそのような働きをしたらしいようじゃ。しかも、その頃から御家中で化け猫の噂が飛び交い始めた」

蜂曽我部家の怪猫 九

「お、お前は一体なんだ」
「おいおい順庵先生、もう俺の声を忘れていると見えるな」
覆面を取ったその男は、我が友保室紗鹿だった。

「いきなり変な格好で来るなよ。物盗りかと思ったぞ」
「いやお前さんが、どのくらい用心深いか試してみたのだが、その様子じゃまだまだだな」
「しかしここまでどうやって来たんだ。初めてだとこの辺りはなかなかわかりづらいぞ」
「もう何日も前からいたよ」
「何日も前…」
「そうだよ。お前さんは丘の上で竹の皮や紙を拾っていただろう」
「なんでそれを知ってるんだ」
「そして椀と箸も拾って、それをわざわざ寺まで持ち込んだだろう」
「あれはひょっとして…」
「さよう、俺のしわざさ」

保室は部屋の中に入って来てあぐらをかき、こうも言った。
「あれでも気が付かなかったようだから、今回こういう風に、ちょっと変わったごあいさつをしてみせたのさ。明日でいいから、望月先生に話したいことがあるのだが…大丈夫かな」

翌日、私は保室を望月先生に紹介した。先生は興味ありげとも、胡散臭そうなとも取れる目で保室を見ていたが、彼が話を始めると、身を乗り出すようにして聞き入っていた。
「このご城下を見る限り、お侍衆が何か、非常に慌てているようにも見えます。恐らく城中では、ただならぬ動きになっているのではないかと」
「やはりそうか。で保室さん、あなたならどうするつもりか」
「まず和田順庵先生を数日お借りしたいと思います」
「よろしい。仕事が速いので助かっているから、数日暇をあげよう。その他には、何かあるかね」
「実は、城中の事情にお詳しい方を、どなたかご存知でしょうか」
私は正直言って驚いたが、保室は真剣な表情をしていた。望月先生はしばらく考えていたが、やがて、このように切り出した。

「以前の患家で、今はもう隠居しているが、詳しい方がおられる。一度、話をしてみよう」