保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

Home > 2016年06月

黒子組合 四

保室は歩きながら続けた。
「第一、なぜあの大旦那が、筆だけは好きな物を持って来ていいと言われたか、そのわけはわかるか」
「全くわからない」
わからないどころか、疑問を持ったことすらなかった。私には書の嗜みはないが、結構筆というものは相性があるから、そのせいだろうくらいにしか考えていなかったのである。
「では、なぜ報酬が上がったのかは」
「私に訊くなよ、そんなこと考えてもみなかったのだから」
「では、そもそも黒子組合なんて奇妙な会合を考えついたのは、なぜだかわかるか」
私は、この質問にだけは自信を持って答えた。
「それは、善兵衛の顔にあれだけ目立つ黒子があるからだろう」
保室は苦笑いして言った。
「その点だけは合格だな」

我々は佐久場町に差し掛かっていた。軒を連ねる店の中に、善兵衛の店である伊崎屋があった。呉服店を経営しているらしい。保室はその前にちょっと立ち止まって中の様子を見ると、そばにいた男に声をかけた。
「すみません、伊崎屋さんはこちらでしょうか」
「そうですが、何か御用で」
「実は少し伺いたいことがありまして」
「何の御用でしょう」
「最近、何かお店の構えを変えられましたでしょうか」
「いえ、特に変えてはおりませんが」
「そうですか、以前こちらにお世話になったことがあったのですが、その時といくらか変わったように見えたものですから。些細なことで失礼しました」

保室のあまり収穫があるとも思えない会話を、私は少し離れたところで聞いていた。どうも何かを聞き出すというよりは、その男のなりを確かめているようだった。戻って来た保室に私は尋ねた。
「あれがこの店の主人かい?」
「主人ではなさそうだ、大番頭か何かだろう。一見何食わぬ顔をしているが、この事件に一枚噛んでるよ」
「また事件か、お前はよほどこれを事件にしたいようだな」
「したいも何も、これは最初から事件だ。明日にはそれがわかるよ」
そう言って、今度は裏の方に回った保室を、私はまたも大急ぎで追った。こと事件を調べる段になると、大抵はこの男に振り回されっぱなしで、常に急がざるをえなかった。

スポンサーサイト

黒子組合 三

「その日で終わった、とは…」
「その日を持って終了したから、もう来なくていいということで、何がなんだかもうわかりません」
保室が口を挟んだ。
「報酬はどうされましたか」
「女中がその日の分を渡してくれました。それまでと同じ金額でした」
「ほう…」
保室はその後少し考えていたが、やがてこう口を開いた。
「わかりました。何とかしましょう。お店はこのすぐ先の佐久場町ですね」

善兵衛が帰った後で、私は保室に尋ねた。
「いくら何でも、これじゃひとをからかっているとしか思えないじゃないか。こんなの金持ちの道楽か何かだろ。自分の道楽で会合を作って、飽きたらはいおしまいというやつだな」
「そうでもなさそうだぞ」
「そうでもないって、どういうことだ」
「おかしいと思わないか。なぜ五日来ていた善兵衛が、今度は四日にしてくれといわれたのか。なぜ未の刻から申の刻なのか」
「それは…単なる気まぐれだろ」
「そして、なぜ黒子がある人物で、しかも善兵衛が選ばれたのか。これはどうも大店の隠居というのと大いに関係があるように見えるな」
「お前さんはまたそれかよ。常に背後に何かあり、だな」
「当たり前だ。この背後には何かある」
そう言って保室は、煙草をふかしはじめた。めったに煙草などやらない男だが、何かを考える時には欠かせないものらしい。小半刻あまりもそうしていただろうか、ふいに保室が立ちあがった。
「わかったぞ」

「わかったって、すべてがわかったのか」
「大体わかった。恐らく須田さんの力も借りることになるけどね」
そういって急に外へ出て行こうとしたので、私は慌てて後を追った。別について行く必要があったかどうかはわからないが、何かついて行かずにはいられないものを感じたのである。
「まあ保室先生、これからお出かけですか」
「鳩さんすまないが、ちょっと出てくる。夕飯までには戻るから」
その後を私もついて出ようとしたので、鳩さんは驚いた様子で叫んだ。
「まあ、和田先生もお出かけですか。またどちらかお遊びにでも」
私が夜に出かける時は妓楼であると、この人はいつも勘ぐっているのである。私は違う違うと手を振りながら、急ぎ足で保室の後を追った。