保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

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黒子組合 八

保室は続けた。
「どうでしょう、蔵吉さん。もうあなたのことはわかっていますよ。お仲間もおいでのようですし、そろそろ話してくれませんか」
大番頭は大して驚いた様子もなく、むしろ薄笑いさえ浮かべてこう答えた。
「いや一体何をお話なのやら…私は定吉(じょうきち)と言って、こちらにご奉公してもうずいぶんになります。私の何がおわかりなのやら」
「あなたが大名屋敷を襲った盗賊団の首領だということですよ」

保室はその後、何かに取りつかれたように喋りはじめた。
「蔵吉さん、いや今は取りあえず定吉さんとお呼びしておきます。あなたは五年ほど前から自分の正体を偽り、大店の番頭出身ということでこちらに奉公しましたね。確かに番頭だったのは事実だが、店の金を着服して首になったのは隠していた。あなたは今も昼の顔は番頭だが、夜は盗賊団の首領で、こちらのお店で知り得たことを仲間に漏らしていた。あなたが絡んだ盗みは今回だけではない、三年前のさる大店の件も確かそうだ」
三年前の盗難事件というのは、長崎にいた頃、江戸からやって来た塾生から聞いたことがあった。しかし保室がなぜこの件について、この定吉なる大番頭が絡んでいたのを知っているのか。

更に保室は続けた。
「そしてあなたは盗んだ金を、この伊崎屋の地下に隠そうとした。こちらの婿殿は店で忙しいし、何よりもあなたは蔵の管理をすべてまかされている。残るはこの善兵衛殿をどうやって店から離れさせるかだ。そこであなたは、旧知の団六蔵と組んであることを思いついた。つまり、盗んだ金をこの蔵に隠し、善兵衛殿に罪をなすりつけようとしたのです」

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黒子組合 七

引き戸を開けた我々が目にしたのは、おびただしい数の千両箱だった。五十かそこいらはあるだろう。それが、どう見てもごく最近作られたと思われる隠し部屋に、山のように積まれていたのである。善兵衛は手にしていた提灯を取り落とさんばかりに驚き、大番頭や娘婿も呆然としていた。どうやらこれが、須田が話していた窃盗団絡みの千両箱のようであった。

そこへ須田と保室が進み出、保室が大番頭に声をかけた。
「では番頭さん、そろそろ本当のことを話していただきましょうか」
「本当のこと…とは、一体何です」
「しらばっくれるな、こっちじゃとうにお前の正体はばれているんだ」
大声で怒鳴る須田を保室はたしなめ、再度その大番頭に声をかけた。
「まずこの引き戸と隠し部屋ですが、この蔵の古さからすると如何にも新しい。ここがまず奇妙です」
さらに保室は善兵衛にも声をかけた。
「あなたは、この部屋を作るようにこちらのお二人に指示をしましたか」
「全く身に覚えのないことです。今日初めて知って、今はとにかく驚いています。しかも部屋だけならともかく、こんなに千両箱があるなど、どういうわけだか…」

保室は我が意を得たりといった表情になって、善兵衛にこう言った。
「ご存知なくて当然です。この隠し部屋も千両箱も、あなたがいない間に作られ、運び込まれたものだからです」
「私がいない間…」
「そうです。あなたは歌集を書き写す仕事で、ここのところ朝から昼にかけて家を空けておられた。その隙を狙って、よからぬことを考える者たちがここに部屋を作り、盗んだ千両箱を運び入れたのです」
「そんなことが…しかし、なぜうちの蔵に」
「あなたを陥れるためですよ」
保室はそう言って、今度は大番頭の方に向き直った。
「この部屋を作ったのも、千両箱を入れる指揮を執ったのもあなたですね。」


黒子組合 六

その翌日になっても、保室には何ら変わった動きはなかった。相変わらず薬品のにおいを嗅いだり、本をひっくり返したりして時間を潰しており、私もその日は代診はなかったので、梅渓先生からお借りした蘭書を読んでいた。そうこうするうちに、夕方近くなって、日が傾きかけた頃、出し抜けに保室が言った。
「戌(いぬ)の刻、いいかな」
「戌の刻って、そんな時間にどこへ行くんだ」
「例の店だよ。やっと窃盗団が姿を現すぞ、楽しみだな」
やはり今夜のうちに、この事件は解決するようだった。鳩さんとあずさが夕食の膳を下げに来た時に、保室はしばらく外出すること、錠は下ろしておいていいことを伝えておき、我々はその半時ほど前に梅花町から佐久場町の伊崎屋へ向かった。そこには既に須田と、岡っ引きの銀蔵が到着しており、風の冷たい夜のせいか、須田は襟巻をしていた。

伊崎屋の勝手口の方で、主人の善兵衛が提灯を持って待ち構えていた。そばにいる、恰幅のよい四十絡みの男がどうやら娘婿らしい。そして、前の日に見かけた大番頭らしき男もそこにいた。
「このたびはよろしくお願いいたします。何かとんだ事件に巻き込まれたようで、私共もひどく気になっておりますので」
善兵衛はそういって、大番頭と娘婿に先導させ、私たちを蔵の中へ案内した。蔵は流石に立派な造りであったが、ところどころ何かが剥げ落ちたような痕跡があった。保室はそれを手に取って調べていた。
「壁土でも落ちてるのか」
「いや、壁土じゃない。他のものだ」
この男らしく無愛想に答え、私たちは更に中に進んだ。するとそこに、ここ数日で取り付けられたような、いやに新しい引き戸があった。大番頭と娘婿がそれを左右から引っ張って開けたが、目の前に現れたものに、私たちは息を飲んだ。