保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

蜂曽我部家の怪猫 三

「ご家中の騒動が、いよいよ始まったっていうことさ」
保室は、あたかも自分が見て来たものであるかの如く、蜂曽我部家の騒動について話し始めた。
「まず焚き付けたのは筆頭家老の方だろう、それを食らった次席家老の方が、慌ててことを大げさにしてしまった。こうなれば、筆頭家老の思うつぼだ。お抱えの蘭学者たちは、皆どこかに身を隠さざるを得なくなる」
「なんでそんなことがわかるんだ」
「銀蔵にちょっと調べさせたのさ」
保室は、しばしば岡っ引きの銀蔵に小遣いを与えては、自分の都合でひとっ走りさせていた。それによると、別の蘭学者の家でも、ここと似たようなことがあったらしい。
「あるいは、次席家老殿は軟禁されているかもな」
「そんな滅多なことを言うもんじゃないぞ」

その後私は鳩さんに、病人の具合を聞いた。まだ熱がかなりあって、本人も気分がよくないらしい。
「面倒をおかけしますが、ここは人助けということで」
「あら先生、私は一向に構いませんよ。それに何と言ってもあずさが…」
「あずさが…どうしたのです」
「あの子があの半田先生を気に入ってしまったみたいで、何かにつけて世話を焼きに来るんですよ。静かにしておあげなさいと言っても、いえ奥様、私がやりますからとそればっかり」

その後、病人の部屋に粥を持って行くあずさとすれ違った時、冗談交じりに私はこう言った。
「あずさ、お前はあの先生に『ほの字』かい」
「あら、奥様ったらもう…でも、悪い方ではなさそうでしょ」
「確かにな。でもあまりあの先生に深入りするのはよくないぞ」
あずさは不思議そうな目つきでこちらを見たが、やがてうなずいた。私とて、あずさの看病はなかなかのものだとほめてやりたかったのだが、半田の背後には、本人も知らない黒幕が控えていると思えたからだった。さらにいえば、これは単なる小藩の争いではなく、幕府の蘭学政策にまでつながりかねない事態のように思えたのである。

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蜂曽我部家の怪猫 二

その後も私は梅渓先生の用で、里村藩の蜂曽我部家の城下へ何度か出かけた。行く度に、例の化け猫騒動は城下に広がって行った。秋に初めて行った頃に比べると、翌年の桜の頃には、城下の多くの人々がそれを知るようになり、商家の丁稚がその話をしていて、手代に叱られているのを耳にしたこともある。そんな中、私がお邪魔した城下の医家、望崎家でも、これの煽りを受けるようになっていた。

城下の人々は、化け猫騒動で騒いでいるだけだが、蘭方医の間ではこれが大きな打撃となり、いやがらせまで起きているらしい。どうやら筆頭家老の手の者のようだが、望崎家の前で飲んだくれて、深夜に家の前で大きな声でわめく連中がいたということだった。また別の蘭方医の家では、薪の燃えさしのようなものを投げ込まれ、危うく火事を出すところだったようである。しかも、数少ない蘭方医や蘭学者の家のみならず、次席家老の関係者の家にまで、このような嫌がらせが相次いでいるということだった。

その後江戸に戻り、半月ほど経った時のことだった。春も半ばを過ぎた頃なのに、数日ほど寒い日が続き、私と保室は火鉢のそばで暖まっていた。おまけに雨も降り出し、保室への化け猫話も一応済んだため、私たちは早めに寝ることにした。その翌朝、私の部屋の障子の向こうから、あずさが激しく呼ぶ声がする。一体何事かと障子を開けると、あずさと梅渓先生、そしてもう一人、学者のような風体の男がそこに立っていた。

梅渓先生は、その男を縁先に座らせ、私にこう言った。
「この御仁を、しばらくここで預かってもらえないだろうか」
その男は半田という蘭学者で、蜂曽我部家の若君の家庭教師的役割をしており、西洋の文物などについて若君に教えているということだった。しかし筆頭家老からにらまれることとなり、蘭学の師の友人である梅渓先生を頼って、ここまで逃げて来たのだという。一応鳩さんにも了解を取っていること、そしてこの半田という学者が病気であることを告げ、梅渓先生は去って行った。

私は早速、母屋の小部屋に半田を寝かせ、様子を見た。元々風邪気味であったのが、今度の逃避行によって、具合が悪くなっているようだった。あずさに看病の仕方を教え、薬を調合しているところへ、保室がふらりとやって来た。
「先生、どうやら始まったようだな」
「始まった…とは、何がだ」