保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

蜂曽我部家の怪猫 六

「まず、梅渓先生に用を作ってもらって、半月ほど望崎家に滞在してほしい」
「それで、何をやろうと言うんだね」
「城下の蘭方医がどのような処罰を受けているのか、例の化け猫騒動はどうなったのか。そして、できれば、蘭方を巡っての御家中の対立にも探りを入れてほしいのだが」
「御家中は難しいと思うが、蘭方医と化け猫の件なら何とかなると思う」
「よし。その後手紙でその様子を知らせてくれるとありがたい。うまくやってくれ」

数日後、私は梅渓先生に、資料整理の手伝いという件で一筆書いてもらい、旅支度を整えて里村藩へと旅立った。道中は穏やかで、緑の木々と鳥の声を楽しみつつ歩を進め、途中であずさが作ってくれた握り飯をほおばった。どうもあずさが、半田梅翁に好意を持っているのは確かなようで、自分から率先して食事の世話をするので、とても助かると鳩さんも満更ではなさそうだった。

その後里村藩に入り、望崎家を訪れた時、以前植えられていた庭木がへし折られているのに気がついた。この家でも被害を受けているのかと、いささか居たたまれない気持ちで戸を開けると、女中が出て来た。
「和田先生、お待ちしておりました。」
私は荷物を解くと、早々に先生の書斎へ向かった。そこで書状を出し、目を通してもらったうえで、早速先生の仕事を手伝うことになった。
「まず、そこの書籍を持って来てくれ」
先生から言われるまま、本を並べ変えているうちに、一冊の蘭書が目についた。
「これは、一体…」
「人間の骨に関する本だ」
あらかた片付けが終わった後で夕餉となり、食後、先生は例の本を持ち出して、私に読むように勧めた。それには人骨について、細かに記されていた。
「頭蓋骨についてもかなり書かれていますね」
「読んでいるとなかなか面白いが、何せ今は堂々と蘭方医とは言えないのがつらいところだ」
私は入り口の木のことを思い出し、それについて尋ねてみた。
「あれか、あれは特に関係はない。虫がついた枝だけを取りあえず折ったのだよ」

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蜂曽我部家の怪猫 五

「お疲れでしたら、また明日にでも」
「いえ、いずれ話さなければならないことですから」
半田梅翁はそう言って、呼吸を整えるとまた話し始めた。

「実は、私の部屋の床下に、何やら妙な物があることに、以前から気づいていました」
「以前とは」
「一年ほど前でしたしょうか。部屋のある部分に立つと、そこだけが何か足先に触るような気がして、半年ほど前に畳を上げたところ、古い箱があるのに気づきました」
「その箱は、開けてみられましたか」
「はい。古い着物と袴、そして髪の毛と思しきものが入っていました。着物と袴だけならまだしも、髪の毛というのに、何やら不安を覚えました。どなたかの遺髪ではないかと」
「それは、また元に戻しておいたのですが」
「はい、見つけた時のままに戻しておいて、素知らぬ振りをしておりました。しかしその後、かつてお仕えしていた蘭学者が、何かで不審な死を遂げたそうで、それがどうも気になり始めたのです」
半田はしばらく咳込んだものの、なおも後を続けた。
「それが十日ほど前、急に私どもに文が回って来て、お城を退去するように言われ、私もわけがわからぬままこちらにやって来て、面識のあった梅渓先生のもとへ…」
「そういうことでしたか。その蘭学者の身元というのはご存知で」
「須藤、古之進殿…」
そこまで言って半田がひどく咳込んだため、私もそれで話を打ち切った。

このことを保室に話したところ、彼は腕組みをしたままこう切り出した。
「その須藤某とかいう御仁も気になるな。順庵先生、この件でひとつ動いてもらうことはできないかね。まず里村藩に一人で行ってもらいたいのだが」

蜂曽我部家の怪猫 四

翌日、病人の具合が多少好転し、少しは口を利けるようになった。まだ、ここまで逃げてくるいきさつを訊くには無理があったが、こちらから言葉をかけると、いくらか落ち着くようだった。そんな時、障子の向こうで、何やら言い争う声が聞こえた。

「保室先生、何もそこまで言わなくてもいいでしょう」
「いや、あの半田さんに惚れてるんじゃないかと、そう思っただけなんだがな」
「そんなこと、私にいちいち聞かないで」
「隠すところを見ると、ますます怪しいぞ」
「先生、私今まで先生を尊敬していたのに、そんな人だったなんて…」

私が障子をがらりと開けると、そこに保室とあずさがいた。あずさは今にも泣きだしそうな感じで、その場から走り去っていった。
「どういうつもりだか知らんが、病人のいるすぐ隣で、そこまで大声で喋ることもないと思うが」
保室も気まずそうな表情になり、長身をかがめるようにして、我々の部屋の方へと戻って行った。

また二日ほど経ち、病人が身を起こせるようになったので、私はぼつぼつことの次第を聞き出そうと思い、半田某の枕元に座って、こう切り出した。
「半田殿、一つ二つ、尋ねたいことが」
「私も、お話したいことがあります」
そうして半田は、まず自己紹介を始めた。半田梅翁と名乗り、元々は蘭方医になりたくて蘭学を学んだが、西洋の文物に関心を持ち、縁あって、蜂曽我部家の士分に採り立てられ、若君に、植物や動物についての話をしていると言う。

「まさかお採り立てになるとは思っておらず、夢のようでした。しかし、いざ出仕するに当たって、ご家老の方から、服装に関して色々と注意があったのです。また、この城中で目にした物は、いかなることがあっても口外しないようにとのことでした」
「しかし、今あなたはそれを口外しようとしている」
「はい、かなり迷いましたが、あまりにも奇妙なことなので、先生にはお話ししておこうと思いました。何せ梅渓先生のお知り合いということなので」
半田梅翁は、そこまで言って大きく息をついた。