保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

蜂曽我部家の怪猫 八

私はその後も、怪猫の噂をそれとなく聞き出してみたり、望月先生の仕事を手伝ったりしながら、日を過ごしていた。梅渓先生や、鳩さんからも手紙が来たが、肝心の、保室がいつこちらに来るかについては、何も書かれていなかった。一応ここに来るまでに、それまで見聞きしたことをまとめておこうと、紙を綴じ、何がどのようになっているかを整理しておくことにした。そうしてかれこれ一月が経とうとしていた。

望月先生のお宅の裏には、丘のような起伏があり、そこに上ると、川や田畑がよく見渡せた。のどかな風景で、城中で何か騒動が起こっているとは、とても考えにくかった。時々子供たちが遊びに来たり、あるいは野草を摘みに来ている人々も見かけた。時に老人や、歌の師匠とも思しき人物が来ることもあり、ごくたまに、物乞いのような男が時間をつぶしていることもあった。近くに寺社もあることから、この近くに来る人の、憩いの場といった雰囲気もあった。

ある日、私は城下を歩き回って疲れたこともあり、その丘の草むらに座って、ぼんやり空を眺めていた。すると目の先に、竹皮の包みのようなものがあった。以前、ここの切り株に座っていた老人が、握り飯か餅のような物を食べていたので、多分その包みなのだろうと思っていた。それから数日して、またそこに来たところ、今度は紙包みが落ちていた。菓子を包む紙によく似ていた。親子連れでも来たのかもしれない。

しかし、その後私が丘に行くと、今度は箸と椀が置かれていた。いくら何でも、外で物を食べる時に、わざわざ箸と椀を持って出るとは考えにくく、誰かの悪戯であろうと思い、寺へ届けに行った。そこの小坊主も、うちで使っている物ではないと言いつつも、一応受け取ってくれた。しかし、なぜ私が丘に来るのを見計らったかのように、このような物が落ちているのか、およそ見当もつかなかった。

その夜先生の仕事を済ませ、覚書の記入も終わって、そろそろ寝ようかという時になって、外で物音がするのに気が付いた。この辺りに来る野良猫かと思っていたが、段々私がいる部屋の方へ近づいてくる。どうも不気味に思えるので、行燈を引き寄せ、障子を少し開けて、誰がいるのかをそれとなく窺った。そこへ全身黒ずくめの男がやって来て、私の手を取るなりこう言った。

「化け猫、いざ参上」


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蜂曽我部家の怪猫 七

その後も私は里村藩の城下に滞在した。先生からの話だけでなく、町を歩くついでに、例の怪猫のこと、蘭学者のことなど訊いてみようと思ったが、多くの人は、その話を露骨に嫌がっているようだった。私はある飲み屋に入り、それとなくそこの親父にこの話題を振ってみた。親父は困ったような顔をしたが、私の耳元に口を近づけてこう言った。
「あの化け猫のことなら、まだ噂になっていますよ」
私も小声で訊き返した。
「それと、蘭学者のこととは何か関係があるのかね」
「表向きはなさそうですが、本当のところはさて、どうだか…」

飲み屋の親父にいわせれば、城下の人間はその話をしたがらないが、関心は持っていること、城中のことは全くわからず、藩主や若君に危害が及んでいるようには見えないこと、そして、先日明らかに城下住まいとは思えない、江戸から来たであろう大身の武士が何名が通ったことなどを話してくれた。
「ありがとう。しかし、こんな話をして大丈夫なのかね」
「いや、こんな商売をしていると色々なことが耳に入って来ますし。ですからあなた様も、たまたま聞いたこととしておかれるといい話でして」
さらに、その親父はこうも言った。
「それに、あなた様にはどこか信頼がおけますので」

先生の所に戻った私は、保室に取りあえず手紙を書こうと思った。するとそこへ、望月先生が現れて、患者である旅籠の主人から聞いたと言って、江戸からの旗本と思しき武士が、変装して泊まっていたことを話してくれた。
「変装ですか」
「行商人に変装していたようだが、物腰がどうも侍臭かったらしい。その後、たまたま番頭が使いに出たところ、その行商人にそっくりな侍が、供を連れて歩いているのを見たようだ」
「また、なんでそんなことを…」
「しかも普通の侍というよりは、学者のようだったらしい。その主人も不思議がっていた」

大身の侍、学者と聞いて私の頭をよぎるのは、やはりかの森崎殿だった。しかし今は、そこまで疑ってかかるべきではないと思い、まず町のこと、そして旅籠の主人の件を書き送ることにした。もし、手紙の中身を改められでもしたらと思ったが、必要なところはそれとなくぼかすようにして、何とか手紙を書き終え、梅花町へ送った。
その後半月ほど経って、私は保室からの返信を受け取った。取りあえず手紙が無事に届いたことに安堵しつつも、梅花町の様子も気になっていて、そそくさと封を切った。それには、このようなことが書かれていた。

「里村藩のことを色々とありがとう。件の半田殿はすっかり元気になって、色々手伝いをしてもらっている。近いうちに、単身そちらに行く予定だ。どうもこの裏には、家老のみならず、それ以外の人物も関与しているようだ。それではまた」

しかし保室の手紙には「いつ」来るかが明記されておらず、私はその時を待ちわびながら、日々を過ごさなければならなかった。