保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

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直虎と呼ばれた女 次郎法師誕生 二

直盛には二つの思惑があった。ひさの出家と引き換えに、本領安堵を狙うことだった。亀之丞もひさもいない井伊家の今後に不安はあったが、ひさが心底尼になりたがっているのだとしたら、これは取引の道具として使えそうだった。また南渓和尚から、還俗できる方法もあると聞かされていた。もうひとつは、ひさを佐奈に会わせることだった。ひさはこの大叔母と面識がなく、その娘の瀬名とも初対面のった。ここで何らかの形で、面識を作っておきたかったのである。尤も大叔母といっても、ひさの父直盛と佐奈はさほどに年齢は違わなかった。

しかし上記のことを、直平や親類衆に切り出すことは難しかった。とりあえず直満のことの始末、そして、ひさが行きたがるから、今川家との接点を作ると彼らには説明しておいた。しかしそれでも、直平は不満げだった。
「爺様はおわかりにならぬ」
直盛は思った。かつて南北朝で、南朝の井伊と北朝の今川が戦ったこと、その今川に屈した気持ちは理解できたが、敵対心のみを持ち続けると、いずれその今川から潰されることになりかねなかった。

数日後、新野左馬助は馬で、ひさは輿に揺られて駿府へ向かった。とよは徒歩だった。ひさととよのことを考え、いつもより余裕を持った日程で、一行は駿府へと向かった。駿府の町は、井伊谷とは比べものにならないほど華やかだった。様々な店、様々な人々、そしてひさが初めて見る不思議な見世物などが、そこかしこにあった。荒れ果てた都から、落ち延びて来たであろうと思われる人々もいた。今川館はその中でも特に目を引いた。一行はとりあえず、関口親永の屋敷に向かい、ひさととよは一室をあてがわれて旅装を解いた。すると庭に、赤地の派手な小袖を着た少女がいるのが目に入った。その子が瀬名だった。

ひさは瀬名とすぐ打ち解けた。瀬名は、いずれは太守様の嫡男である、龍王丸様の妻になりたいと言いはしたものの、しかし龍王丸様は、よその大名の姫君をもらわれるのであろうとも話していた。またとよは、義元の側女として入った佐奈が、関口と縁組するまでには、かなり色々な支障があったことも話してくれた。これはお千佳が、この駿河行きを機会に話してほしいと、とよに頼んでいたのだった。瀬名の話、とよの話を聞いたひさは、今川家というものがおぼろげながらわかって来たように思えた。

翌日ひさは太守様である義元に目通りすることになり、母のお千佳が縫ってくれた花柄の小袖に着かえた。井伊谷ではまぶしく映ったその晴れ着も、この駿府では地味に見えた。その後素襖をまとった新野に連れられ、今川館に向かったひさだが、門の外で、先に到着していた小野和泉守に先導されることになった。ひさととよが連れていかれたのは、今川館の中でもとりわけ立派な部屋であり、井伊谷の館とは段違いの立派な造りで、調度も贅沢なものだった。

その奥に、立烏帽子をかぶり、小袖の上に胴服をまとって、括り緒と思しき袴をはいた男が座っていた。普段着姿の公家といった感じであった。その向かって左には、一人の僧侶が控えていた。ひさは何か圧倒されるような気がしたが、入室してひざを揃えて座り、挨拶の言葉を述べた。僧侶が鋭い視線をひさに向け、そして、抑揚のあまりない声で言った。
「太守様にあらせられる」
側に控えていた和泉守が言った。
「頭を下げられるように」

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