保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

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直虎と呼ばれた女 次郎法師誕生 四

しかし次郎法師となったひさは、寺に入る前から試練を受けることになった。寺の前には剛力で知られる傑山宗俊が立ちはだかり、まるで通せんぼをしているように見えた。次郎が不思議に思い、その脇をくぐり抜けて山門を通ろうとすると、傑山はいきなり次郎を抱え、石段に下ろした。何度やってもその繰り返しだった。
「これでは寺に入れないではないか」
それを聞いた傑山は、次郎に向かって割れるような大声で怒鳴った。
「私は今日からそなたの兄弟子。ならば挨拶をして通るべきじゃ」
次郎が傑山に頭を下げ、やっと寺へ入ると、今度は昊天宗建が待ち構えていて、寺の中を案内した。
「私の部屋はどこじゃ…どこでしょうか」
口を開いた次郎を、昊天は僧堂へと連れて行った。そこでは多くの僧が起居しており、無論食事もそこで摂るのだった。今までとはあまりにも違う環境に、次郎は出家したことを、早くも後悔し始めていた。

寺の生活は仏の道を極めることに加え、掃除、畑仕事などもあった。これも殆ど経験のない次郎の手に余ったが、だからといって他の僧たちが見逃してくれるわけでもなかった。また、ただでさえ少ない食事から、施餓鬼をしなければならないことにも、次郎は大きく戸惑った。
ある日、空腹に耐えかねた次郎は、昊天にそのことを打ち明けた。すると南渓が出て来て、ならば托鉢に行って恵んでもらえといわれ、次郎は他の僧に連れられて托鉢に向かった。まだ経を読むことさえおぼつかない次郎であったが、村の者は焼き饅頭をくれた。
それを食べてもいいと言われた次郎は、夢中でまだ熱い饅頭を頬張った。実際、饅頭がこれほど美味に感じられたことはなかった。その後次郎は村への托鉢に時々出かけた。村人と出会うことも楽しかったし、田畑の様子を眺めるのも新鮮に思えた。

次郎が慣れない寺での生活に四苦八苦している頃、今川家では、義元が首をひねっていた。なぜ井伊は、後継者と決めていた亀之丞がいなくなった後、娘を出家させたのかということだった。義元は首の後ろに指していた扇を手に持ち、それをぱちんといわせて、件の僧の方に向き直った。
「不思議ではないか、雪斎」
その僧、太原崇孚雪斎は答えた。
「恐らくは親類筋の子女にでも継がせるか、あるいは亀之丞の帰国を待つか、いずれかにございましょう」
「亀之丞の帰国とな、あれは罪人の子であるぞ。帰って来た暁には、しかるべき処罰を加えねばならぬ」
「そこで太守様のお慈悲の深さをお見せになるのでございます。井伊など、取り潰す時にはいつでも取り潰せます故、当面は様子見も必要でありましょう」
雪斎の目が義元を見上げた。この僧は義元の師でもあり、軍師でもあり、今川家の中枢に深く入り込んでいる男でもあった。

元々義元は、今川家を継ぐ立場にはなかった。しかし父と兄の急死により、その当時一人の僧として、梅岳承芳と名乗っていた義元の一派と、異母弟である玄広恵探の一派が、跡目争いを繰り広げることになる。所謂花倉の乱である。
この時義元一派を率いたのが、この雪斎と義元の母寿桂尼だった。北条を味方につけた義元一派に、恵探一派は敗れ去った。その時の梅岳承芳こと義元、寿桂尼、雪斎の三人が、その後今川氏の実権を握り、義元の宗主権も拡大することになった。そのため配下の国衆たち、特に、何をしでかすかわからない井伊などは、抑えておく必要があると考えたのである。

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