保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。なお「蜂曽我部家の怪猫」については、大河リメイクの「跡を継ぐ者」が終わり次第アップ予定です。

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直虎と呼ばれた女 二人の次郎 一

亀之丞が実際に戻って来たのは、それから一月余り後のことだった。家人一人を従えて、久々に井伊谷に現れた彼は、かなり背が高くしかも日焼けし、眼つきの鋭い男になっていた。出迎えた井伊家の親類衆である中野直由、奥山朝利は互いに顔を見合わせて言った。
「これは、彦次郎(直満)様に似て来られたのう」
しかも彼らには、もう一つ驚くべきことがあった。それはまだ幼い少女を、亀之丞が連れて戻って来たことであった。親類衆に案内されて、当主の直盛に面会した亀之丞は、まず自分を逃がしてくれたことの礼を述べた。

そして亀之丞は、家人が抱いていた少女を受け取り、直盛とお千佳に紹介した。
「娘の高瀬でございます」
娘という言葉に、二人は目を丸くした。聞くところによれば、長源寺にいた亀之丞は、地元の地侍の家で剣の稽古をしていたが、その家の娘と恋仲になり、その子が生まれたというわけであった。実際その子は、亀之丞の小さいころにいくらか似ていた。
「母親は連れて来なかったか」
「生憎、先の冬に風邪をこじらせて死にました故」

亀之丞は、やや沈鬱な面持ちでそう答えた。直盛は悪いことを聞いたかと思い、話を変えた。
「ところで元服のことだが、早い方がよかろう」
「ありがとうございます。もはや子もおりますのに、未だ元服前でございますので」
「よい跡継ぎが出来たものじゃ、姫もおるしのう」
実は亀之丞はまだ元服を済ませていなかった。井伊家で式を執り行いたいという本人の希望が、南渓に文面で知らされており、直盛は早速その準備に取り掛かった。また、縁談の話も持ち上がり、井伊家はにわかに活気を帯びて来た。

しかし龍潭寺にいる次郎は、そのようなこととは無縁だった。無論、実家の井伊家に戻って祝辞を述べることはできたが、それも頑なに拒んで来ており、元服の際も、清蔵がそれを伝えに来てくれたのである。
「亀之丞は、どのようになっておったか」
「それは、実に堂々とした若武者振りで、お父上の彦次郎様によく似ておいでです」
「そうか、名は何というのか」
「井伊肥後守直親様にございます」
清蔵はそこまで言って、次郎が何か寂しげにしているのに気が付いた。
「お会いにはなりませぬか」
「今は別にいい、一人で色々と考えたいのじゃ」
清蔵が帰った後、次郎は文机に肘をつき、ため息をもらした。

亀之丞の元服については、何も異存がなかった。その娘の高瀬も、井伊の姫として、そこそこの家との縁組みもできるという安堵感もあった。しかしこれまでの十年間は、亀之丞不在という前提で成り立っていた。特に自分の寺での生活は、亀之丞がいない世界で成立したものであった。
そこに亀之丞改め直親、高瀬、そして直親の正室になるであろう女性が、新たに入って来ることにより、自分の出家生活も、これまで通りには行かなくなるであろうと、次郎は考えていた。

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