保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。

Home > 時代小説 > 直虎と呼ばれた女 > 直虎と呼ばれた女 二人の次郎 二

直虎と呼ばれた女 二人の次郎 二

やがて直親の縁談がまとまった。相手は奥山朝利の娘、ひよであった。ひよと、妹のまつとのどちらかということになったが、年上のひよということで決まった。ひよはしっかり者でおとなしく、直親と結婚するに当たって、高瀬を自分たちで引き取ってもいいとまで申し出ていたが、当面は二人きりで祝田で生活をして、落ち着いたら検討しようということになった。
その高瀬は、お千佳ととよが中心になって面倒を見ていた。高瀬は、次郎が子供の頃に着ていた小袖のおさがりを着せられ、お千佳に文字を教えてもらったり、本を読んでもらったり、天気のいい時は、とよと外に出たりして日を過ごしていた。最初は怯えていたような高瀬も段々慣れて来て、井伊谷での暮らしを楽しむようになっていた。

直親とひよの婚儀が行われた。次郎も挨拶に来るようにとのことで、一連の儀式が終わってから、和尚からことづかった酒を持って、久々の我が家に足を運んだ。評定の間に座っている二人に、次郎が祝辞を述べ、二人は礼を返した。するとそこへ、かなり酒が入っているであろう曾祖父直平が現れ、次郎を見つけて心底嬉しそうに声を張り上げた。
「次郎か、久々だのう」
直親が苦笑した。
「爺様、私も次郎でございます」
「そうじゃった。井伊家に次郎は二人おったか」
次郎が南渓からの酒を差し出すと、直平は一層表情をほころばせた。
「これはこれは、和尚にはいつもありがたいことじゃ」
南渓も僧でありながら相当の酒好きであり、時折井伊の屋敷に来ては、今後の井伊家についての談義を行いながら、直平や直盛たちを酒を酌み交わしていた。

しかし家督を継いだとはいえ、直親には内政も、あるいは井伊谷周辺の状況もわからないことだらけだった。そこで内政に関しては、小野政次が手取り足取り教える格好になった。また村々を回るのには、奥山や中野といった家臣が付き添っていた。
政次はこの年、父和泉守政直が病死していた。小野家の当主となったったうえに、直親の家庭教師的な役割も果たさなければならず、また駿府に赴いて、直親の帰還や元服の許しを得なければならず、政次は多忙を極めていた。屋敷に帰れないこともあり、妻にも寂しい思いをさせているうえに、今川の目付け役ということで、井伊家中では直盛をのぞき、いい印象を持たれていなかった。父の負の遺産ともいえるし、井伊の今川観がそうさせている部分もあった。
何より、父の死により直親が戻ることになったわけで、政次にしてみれば、父が井伊家のためを思ったにもかかわらず、井伊家から邪魔者扱いされていたのが不愉快だった。無論表には出さなかったものの、このことは政次の中でどす黒く渦を巻いていた。

政直が死ぬ前に、彼は父に尋ねたことがあった。それは、井伊家が殊更に人質を嫌う点だった、ひさの駿府行きの時に、今川家の人質になることを勧めたのは、この父だった。しかし新野や直盛、そして直平により、この件は反故にされた。直平が、娘の佐奈を義元に差し出した件で懲りていたからともいわれていた。しかしこの、人質が当たり前といえる時代にあって、直平の態度は尋常ではなかった。
「あの方がおひとりで、井伊家に反今川の種を撒いている」
和泉守はそう言っていた。さらにこうも言った。
「お前は私と同じ道を辿る、それが目付としての、小野家の嫡男の務めだ」
さらに政直はこうも言った。
「あるいはお前は、私を超えるかもしれぬ」
この父の最後の言葉に、政次は戸惑っていた。「超える」とはどのような意味なのか。それを、まだ若い政次はつかみかねていた。

スポンサーサイト

Comments

post
Comment form