保室の事件帳

江戸版ホームズ+大河ドラマリメイク。なお「蜂曽我部家の怪猫」については、大河リメイクの「跡を継ぐ者」が終わり次第アップ予定です。

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直虎と呼ばれた女 跡を継ぐ者 一

氏真は寿桂尼に言った。
「されば婆様、今の内に手を打っておいた方がようございましょうか」
「手を打つとは、どのように打つのじゃ」
「駿府には、次郎三郎の妻子が人質としております。また、他の国衆たちの親族に当たる者も多数おりますゆえ、彼らを監禁して打ち首とし、見せしめにするのでございます」
「左様な恐ろしきことを申すでない、彦五郎(氏真)」
寿桂尼は呆れたような表情で、孫の顔を見た。
「そなたは如何にも短絡的じゃ。そのようなことをすれば、国衆たちはかえって決起し、この駿府に攻め入ることになる。まず様子を窺うのじゃ」
「様子をと申しましても、どのようにして」
「この今川には譜代の家臣がおる、目付け役もおる。彼らを通して、事情を探り出すのじゃ。これは危ないという者がおれば、その時初めて成敗を考えよ」
「では、松平の妻子はどのように…」
「それはそなたの頭で考えよ」

井伊谷では小野但馬守政次と、新野左馬助が雑事に追われていた。新野は同じ今川の目付ということで、井伊の親戚筋であるにも関わらず、政次に力を貸していた。その政次は翌日、駿府へと向かうことになっていた。
「駿府の方でも、本格的に上総介(氏真)様が太守様ですな」
「今後の井伊家のためにも、色々お話したいことがあります。明日は気を引き締めて行かねばなりませぬ」
政次に取って、この時の駿府行きは生涯忘れられないものとなった。素晴らしいという意味ではなく、むしろその逆であった。この時の駿府行きこそが、まさに、その後の彼の生涯に大きく関わってくるのである。そして政次が下した決断により、新野左馬助は、井伊家の女性たちを我が家に匿うことになるのだが、この時点では二人とも、それを知る由もなかった。

その頃、ひよが身籠ったことがわかった。当初は食欲がなく、気分が悪いということで、暑気あたりではないかと直親も心配したが、子供ができたということでひどく喜んでいた。二人はほどなくして、お千佳のもとを訪れた。この時彼女は既に剃髪し、祐椿尼と名乗っていた。
「それはめでたいことじゃ。次郎、ひよ、元気な子が生まれるといいのう」
それを耳に挟んだとよが言った。
「奥方様、ではこれは私がお知らせを」
「そうじゃの、これは女子のそなたがよかろう」
龍潭寺の次郎に家のことを知らせるのは、家人で忍びでもある清蔵の役目だったが、今回は特別にとよが寺に行くことになった。しかしとよは年齢もあり、寺の石段を登るのがいささか辛くなっていた。
(もう少し若い者に、任せた方がいいかも知れぬ)
とよはそう思いながら、次郎のもとを訪れ、ひよの妊娠のことを打ち明けた。これには次郎も喜んだが、とよが帰った後、もう一組の夫婦のことを今度は思っていた。その夫婦とは松平元信と、その正室の瀬名のことであった。

また今度のひよの妊娠により、高瀬を引き取りたいと直親は申し出ていた。一緒に暮らすことで、姉としての自覚を持たせたいというひよの考えもあった。祐椿尼もとよも、高瀬を手放すのは寂しくはあったが、それが高瀬のためだと思い、高瀬は祝田で暮らすことになった。とよも祝田行きを願い出たが、ここにいてほしいと祐椿尼にいわれ、祝田で侍女として奉公しているまきが面倒を見ることになった。まきはとよと同じ村の出身で、親戚筋でもあった。
当日迎えに来たまきに、とよは高瀬の好物や好きな遊びのこと、手習いのことなどをあれこれ話して聞かせた。
「とよ、もうひよにはすべて知らせてありますから、お前が言うことはありませんよ」
祐椿尼に諭されても、とよはあれこれ話し続けた。そうこうするうちに昼近くなり、とよは流石に話をやめて、まきに連れられて井伊館を去る高瀬を見送った。
「またいつでも遊びに来るがよい」
祐椿尼はそう言って目頭を押さえた。彼女の側ではとよが、片袖を目に当てて泣きじゃくっていた。

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